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電気じかけの予言者

きみがここに来ることを、ぼくは知っていた。

自分に関心を持ち信じ続けるカフカ!『カフカはなぜ自殺しなかったのか? 弱いからこそわかること』(頭木弘樹)

イチオシ!

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若生悠矢@spectiveprophetです。

カフカはなぜ自殺しなかったのか? 弱いからこそわかること』を読みました、の続きです。

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自分に関心を持ち信じ続けること

幸福になるための、完璧な方法がひとつだけある。

それは、自分のなかにある確固たるものを信じ、しかもそれを磨くための努力をしないということである。

カフカは悩んではいますが、自分に関係することに対して真摯に関心を持ち、自分の感覚を信じていたとも言えます。ただ、その関心度合いと信じる力がとんでもなく強かったのです。

カフカは自分の人生を完璧に生き抜こうとしていたようにも見えます。

日々生活していると色々なことに対して、「好き」「嫌い」「良い」「悪い」「する」「しない」という価値判断を求められ、「人生は選択の連続だ」とも言われます。

「新しい価値観を持たなければ生き残れない」という価値観なんかも、時代によらず存在するものだと思います。

僕はこのような価値を判断しようとすることが苦悩を生んでいるのではないかと思っています。

判断をするのは自分のためというより、他人と生きるために必要なことなので、判断しようとしていることと自分の本音とのギャップに悩むのです。わからない、というのをそのままにしておけないのも悩みになります。

カフカは価値判断をしないことで苦しんでいるように思いますが、わからないことをそのままにしておきますし、カフカ自身がまったく変化していないという意味で安定感があります。

カフカの生涯の友人であるマックス・ブロートに言わせれば、「君は君の不幸の中で幸福なのだ」ということになります。

なぜ人は決断を求めるのか。そのために苦しむことを厭わないのか。

僕はカフカのことなど関係なく、「人生とは苦悩すること」のような考えには賛成できないので、しなければならない判断を自分の本音に近づけていくには自分がどうなればいいのかを考えています。

あえて言葉にしない

カフカは日記や手紙をたくさん書いているにも関わらず、決定的なこと(判断したこと)を言葉にしません。これは無責任とも取れますが、責任を取らないといけないような立場にならないようにしていたのだと想像します。

カフカにとっては、自分がよく分からないことを言葉にしてしまうと、その言葉にした部分以外がなくなってしまうから言葉にしないのです。

本書でも紹介されていたのですが、恋愛において、交際相手に自分のどこが好きかを聞くと、交際期間が短くなってしまう傾向があるそうです。

好きなところ探しをして敢えて言葉にすると、相手を好きな理由がその言葉にした部分に固定されてしまう。年収や外見が好きという場合は、それがなくなったら別れますよね。言葉にすると無意識にそれを条件としてしまうということです。

もし好きなところを言わなくちゃいけない状況に追い詰められたら、簡単に変わらないところとか、相手も自分で分かっていることを答えておくのが良いと思います。

話しは逸れましたが、カフカが決定的なことを言葉にしなかったのは、自分と他人を傷つけることを怖がっていたともいえます。良くも悪くも、自分を守り抜いた人生だったのだと思います。

端から見て好きに感想を言っている分には勉強になり面白いですが、カフカ自身は難儀な人生だったのではないかと思います。

(おわり)

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