電気じかけの予言者

きみがここに来ることを、ぼくは知っていた。

夢を手放すなんて、もったいない!映画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』を観ました。

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若生悠矢@spectiveprophetです。

映画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年)を観ました。

渋い映画だと思いますが、僕はこういう日本映画が好きで、うまくいかない人たちのどうしようもなさに共感してしまいます。

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※以降はネタバレを含みますのでご注意ください。

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馬車馬のように書く馬淵とビッグマウスで書かない天童

脚本家を目指す馬淵(34歳女)か天童(28歳男)は、脚本スクールで出会います。

脚本コンクールに何度応募しても1次予選すら通ったことがない馬淵は、常に脚本のことを考えていて、実際に書きまくってます。

対して天童はノリが軽くビッグマウス。馬淵に一目惚れして追いかけています。脚本については、「俺は天才や」「俺の作品は理解できない」などと口では言っていますが、実際は書いたことがありません。

夢は持ち続けても、あきらめても、つらい。

馬淵は書いても書いても上手くいかず、知り合った監督に媚びを売るも門前払いされます。

何をやっても上手くいかなかった自分には才能がないということを自覚していてます。

そんななか役者をあきらめて介護業界で働いている元彼(松尾)の家で

夢をあきらめるのって、こんなに難しいの?

と、泣きじゃくります。

夢を抱くことは、人との出会いと似ていて、運命みたいなものです。

例えば僕が役者になりたいかというと全く思わないわけで、夢を持つことも簡単じゃないんですよね。だからこそ、手放すことが難しいのだと思います。

松尾も本当は、役者を目指さなくなったことに毎日後悔して、嫌な仕事をやりながら生きています。

結局、夢は持ち続けてもつらいし、あきらめてもつらいのです。

自分のことを最初に書くか、最後に書くか。

天童も馬淵との関係を通じて脚本を書くことができましたが、1次を通りませんでした。

これで書いても認められない馬淵のつらさを知ります。このつらさを何度も何度も耐えてきた馬淵を尊敬するようになります。

そうして夢を追いかけるつらさを分かち合った馬淵と天童はそれぞれ、自分を投影させた作品を書きます。

馬淵は「脚本家を目指して頑張っているけど、どうにもならない話し」、天童は「ソープで働く母と、その息子の話し」を書きます。

馬淵にとっては、これが1次を通らなかったら最後の作品、天童にとっては、1作目ではないですが、今後も続けるとしたら最初期の作品ということになります。

結果馬淵も天童も1次を通らず無念に終わりますが、このコンクールで優秀賞を取ったのは2人の知り合い(松本)でした。

その松本は「自分の悔しい気持ちをぶつけるために書いた」と受賞挨拶で語っています。松本も小さな映画の脚本家に抜擢されるも企画が潰れプライドは壊されるなど、つらい状況だったのです。

僕は何度か、自分を投影させた作品を書いています。自分がこうだったらという想像をしたり、ちょっと面白く書いたりするのが好きなので、自分のことの延長ならなんとか書けるのです。

もし僕が小説なり脚本で誰かに認めてもらうなら、それまでの作品は自分の思いを投影させたものがいいと思っています。理由は、それが僕にとって書き続けられる方法だからです。

夢に向かうことを生活の一部にする。

僕はこの映画をみて、夢をあきらめないためにどうすればいいのかを考えました。

せっかく手に入れた夢(運命)を手放すなんて、もったいないじゃないですか

きっと夢をあきらめようとするのは、夢のために何かを犠牲にしているからだと思います。それが長く続くと、払ってきた犠牲を取り戻すために夢をあきらめなくてはいけなくなるのだとも思います。

そうだとしたら、何があっても続けられるような環境をつくることが、自分の夢のために生きる方法になるのではないでしょうか。

どんな夢でも、生活の一部にしていいと思うんです。

もし、夢をあきらめなくちゃいけない!と思い詰めるようなことがあったら、生活を見直したり、立て直すところから始めてみてはどうでしょう。また、余裕があるうちに、そうなることを考えておくといいと思います!

(おわり)

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