電気じかけの予言者

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自己言及を壁を乗り越えろ!映画『アダプテーション』

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若生悠矢@spectiveprophetです。

創作の基礎を身につけ経験を積んでいく過程において、多くの人が自己言及に陥るといいます。

僕はそんな域に達しているわけではありませんが、映画『アダプテーション』が、そんなときが来たときに乗り越えるヒントになるのではないかと思っています。

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自己言及の壁を超える

何かを極めるためには、そのものの本質を捉えなければなりません。

そのために、

  • 音楽家は、歌うことを極めるために「音楽を歌うこと」を歌にする。

  • 画家は、絵を描くことを極めるために「絵を描く自分」を描く。

  • 小説家は、小説を極めるために「小説家の物語」を書く。

  • 役者は、役者を極めるために「役者の役」を演じる。

こうして自己言及の壁を乗り越え、自分のやっていることの本質を捉えるといいます。

ブログをやっている人がブログ論を書きたくなるのも、ある種の壁を乗り越えたいという思いからなのかもしれませんね。

創作者が陥る自己言及の罠を描く映画『アダプテーション』

映画『マルコヴィッチの穴』の監督スパイク・ジョーンズと脚本家チャーリー・カウフマンのコンビが作った映画『アダプテーション』が、創作における自己言及を描いている面白い映画です。

ネタバレを含みますので内容はあとから触れますが、映画『アダプテーション』は、脚本家を描いた映画です。

映画の主人公である脚本家のチャーリーは、『アダプテーション』の脚本家チャーリーの分身として見ても良いし、観客がそういう想像をさせられることすら、この映画の面白さの一部だと思います。

『アダプテーション』では映画の脚本について描かれていますが、様々な創作の悩みから抜け出すヒントになるのではないかと思います。

【ネタバレ】映画『アダプテーション』で描かれる自己言及と救い

チャーリー・カウフマンは『マルコビッチの穴』で有名な脚本家なのですが、劣等感の塊のような中年男性です。女の子に対しても奥手で、うまくいっていません。

チャーリーには双子の弟ドナルド・カウフマンがいて、その弟は軽いノリで脚本を書いて簡単に売れてしまいます。しかも女の子にもモテる。

そんな弟に嫉妬しつつも、『蘭に見せられた男』という本の映画化の話しがあり、脚本を依頼されます。

チャーリーは『蘭に魅せられた男』を映画化するにあたって、ドラッグが出てきたり銃撃戦が起こったり気の利いた名言が出てきたりする、ありきたりな脚本にはしたくないと思っていました。

しかし、そもそもそんな盛り上がる原作ではないし、書いても書いても上手く書けず悩むチャーリーは、藁にも縋る思いで脚本の教室に行きます(すでに成功している脚本家なのに)

授業のあと勇気を出して先生に声をかけ、話しを聞いて貰います。そしてその先生の一言で一念発起、原作に脚色をしていきます。

何の盛り上がりもなかった『蘭に魅せられた男』がこうなります。

『蘭に見せられた男』の作者スーザンを取材していくと、彼女がドラッグを栽培している男と繋がっていることがわかり、チャーリーとドナルドは追跡を始めます。

彼女もドラッグ中毒になっていることが分かったときには2人の追跡がバレて、逆に追いかけられます。

追い詰められたチャーリーとドナルドの会話では兄弟の昔話名言が出てきます。

それからチャーリーが銃で撃たれたり、ドラッグ栽培の男がワニに襲われたり、さらには逃げる最中車の事故でドナルドが亡くなってしまいます。

チャーリー脚本の『蘭に魅せられた男』はここで終わります。

そして、このような脚本を書くことができたチャーリーは救われ、映画『アダプテーション』は終わります。

悩める脚本家チャーリーを救うために生み出された双子の弟ドナルドへの感謝の意を込めたエンドロールが素敵です。

細かいですが、たまにドナルドがあくまで映画の登場人物だと分かる台詞が出て来るのも面白かったです。

(終わり)

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